『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』を読んだ

久しぶりのSFは、しばらく前に買ってあった飛浩隆のこれ。

 

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

まだまだSF初心者で、古典以外のSFは何を読んでいいのかわからない。特に日本人作家のSFはよくわからない。というわけで信頼できそうな人の意見を参考に、次に読む本を探して少しずつ読んでいる。今のところ参考にしているのは漫画『バーナード嬢、曰く』と冬木糸一さんのブログ。

 

huyukiitoichi.hatenadiary.jp

 

この『グラン・ヴァカンス』も冬木さんのブログだかツイッターだかで知ったような気がしたんだけど、改めて調べたら冬木さんが『グラン・ヴァカンス』について感想を書いた記事は2010年だった。冬木さんをフォローし始めたのはここ数年のことだから、グラン・ヴァカンスについて書いた記事じゃなくて飛浩隆の他の小説について書かれた記事からこのグラン・ヴァカンスの記事に飛んだのかな・・・それとも他の人の記事だったのかな・・・。不明。

 

それはそれとして、本書『グラン・ヴァカンス』。副題「廃園の天使I」とあるように、三部作の予定のシリーズの第一作で、現在二作目までが発表されている。舞台となるのは<数値海岸(コスタ・デル・ヌメロ)>と呼ばれる仮想リゾート内の<夏の区界>。南仏の港町を模した場所で、ゲストとして人間が遊ぶことを想定して作られた仮想空間だが、1000年前の大途絶(グランド・ダウン)でゲストの来訪が途絶えて以来、何千人ものAIたちが変わらない夏の一日を過ごしている。その<夏の区界>に、ある日いきなり大群の<蜘蛛>が現れて、すべてのものを無にし始める。残されたAIたちと<蜘蛛>との戦いの過程で、<数値海岸>の秘密が徐々に明らかにされていく・・・というあらすじ。

 

文章は非常に絵画的で、かつ描かれるその絵がとても美しい。南仏の海岸、白い雲が浮かぶ青い空、そしてその空よりももっと青い海に砂浜で遊ぶ美しい少年少女。そしてその少年少女を襲う黒い蜘蛛・・・ってこれそのままアニメ化されてもいいような気がするんだけど。仮想空間におけるAIから見た世界、という設定なのだけれど、砂浜で作られる不思議な力を持った結晶のような硝視体(グラス・アイ)、砂地から立ち上がるAIたちの反射像(エコー)、砂地を踏む音に含まれる棘刺波(スパイク)、蜘蛛に食われた空間を縁取る官能素(ピクセル)、と言った小道具や造語の力で一気に物語の中に引き込まれる。そして大途絶とはなんなのか、<蜘蛛>たちは一体なぜAIたちを襲うのか、と言った謎に引きずられて、最後は頁をめくるのももどかしいくらいに一気に読んでしまった。

 

ただちょっと残念だったのは、私的に文章の硬度・純度が少々足りなかったところかな・・・。もう少し硬質な文章のほうが「美しい仮想空間」を描くのにはより適していたように思うんだけれど。でも文章の硬度ってじゃあなんなのか、具体的にどういうことかを問われると困ってしまうのだが、例えばスタニスワフ・レムの『ソラリス』とかグレッグ・イーガン、分野の違うところで言うとレイモンド・チャンドラーの文章は私的には硬度が高い。まあいずれも翻訳ものなので、じゃあ翻訳ものは硬度が高いのか?と言われるとよくわからない。日本人作家で硬度の高い文章を書く人、がすぐには思い浮かばないので、もしかしたらそうなのかもしれない。違う国の言葉を日本語に訳すという距離感が、文章の硬度を生むのかもしれない。上に挙げた三人の作家の中でチャンドラーだけは原文で読んだことがあるのだが、ハードボイルドの代表作家であるだけに乾いた感じの文章が印象的だったので、硬度の高さと湿度の低さは相関があるのかもしれない。

 

ただ純度となるとまた別の話で、これもまた言葉でちゃんと説明できないのだが、例えば村上春樹とか川端康成とかは私的には純度が高い。文章における作家のセンスの具現度が高いということなのかもしれない。そういう意味で言うと、この作品は飛浩隆の作家としての第一作らしいので、これ以降の作品でどう成長しているのかが楽しみだ。

 

文章の点で言えば一番違和感というか「合わなさ」を覚えたのは登場人物たちの言葉遣いだな。例えば女の子の台詞の語尾が「・・・だわ」「・・・かしら」、老人の一人称が「わし」、漁師を生業とし男性もかなわないほどの屈強さを自慢にする荒くれ者の女性が謝るときは「すんませんでした」・・・。こういうあまりに陳腐というか類型的な言葉遣いは、萎えてしまうんだよなあ私・・・。まあもちろん本作の登場人物はこの仮想空間の作成者によってすべての設定を与えられたAIたちなので、そういう意味では類型的な台詞回しになるというのは間違っていないのだが。でも主人公の台詞回しって、翻訳者の村井理子さんもどこかで書いていらしたけど、難しい問題だよね。

 

未知の世界について書かれた物語の三部作で、第一作でその世界における攻防が描かれて・・・というと、ついこの前読んだ『サザン・リーチ』を思い出す。

 

全滅領域 (サザーン・リーチ1)

全滅領域 (サザーン・リーチ1)

 
監視機構 (サザーン・リーチ2)

監視機構 (サザーン・リーチ2)

 
世界受容 サザーン・リーチ

世界受容 サザーン・リーチ

 

 

『サザン・リーチ』では最終的に謎が完全に明らかになることはなかったけれど、この「廃園の天使」はどうなるんだろう。最終作はまだ発表されていないらしいけれど、とりあえず二作目の『ラギッド・ガール』を読んでみることにしよう。