『生命、エネルギー、進化』を読んだ

生協の本屋で買って、しばらく寝かせてあったこの本。

 

生命、エネルギー、進化

生命、エネルギー、進化

 

 

ニック・レーン三作目は、膜で囲まれ、DNAとタンパク質合成機構を持つ生命の起源(Last Universal Common Ancestor: LUCA)が生まれてから真核生物が誕生するまでの物語。恥ずかしながら(というか生物学研究者としてほんとどうなのと自分でも思うのだけれどあえて告白すると)ここらへんの分野をちゃんとフォローできていないのだが、翻訳者斉藤隆央のあとがきによると真核生物の成り立ちについては2つの説があるそうで、すなわち、「古細菌に細菌が取り込まれて真核生物へと進化した」という説と「古細菌の細胞に核膜が進化して真核生物ができたあとにミトコンドリアとなる細菌が取り込まれた」という説。レーン自身は、前者「古細菌に細菌が取り込まれて真核生物へと進化した」という仮説に立脚する立場を取っており、そしてその進化の駆動力となったのがミトコンドリアによって生み出されるエネルギーなのだ、というのが全体を通しての主張である。ちなみにいきなりDNAとタンパク質合成機構を持つLUCAが出てきて、え、そこ飛ばすの??とびっくりしたのだが、LUCAが生まれるまでのストーリーは、第二作の『生命の跳躍』に詳しく書かれているらしい(未読)。

 

「膜で囲まれ、DNAとタンパク質合成機構を持つ生命の起源LUCAが生まれてから真核生物が誕生するまでの物語」と一口に言っても、その中には数え切れないほどの謎があって、本書ではその中のいくつかの謎が進化の過程に沿って紹介され、それぞれ議論されているわけだけれど、その中でも読み応えがあるのが第II部「生命の起源」。生命は、プロトン勾配が受動的に形成され得るアルカリ熱水噴出孔の付近で誕生した、そしてその中からプロトンとナトリウムのアンチポーターを持つ細胞が現れ、これがLUCAとして古細菌と細菌に別々に進化した、というのがざっくりの概要なのだが、University College Londonでのレーン研での最新研究成果(文献引用がないところを見ると、本書出版当時は未発表だったみたい)も盛り込まれていてすごく臨場感がある。

 

ちなみにアルカリ熱水噴出孔における生命の起源についてのレーン研の論文はこれかな。

 

link.springer.com

 

その他のレーンの論文も、レーンのホームページに行くと全部ダウンロードできる仕様になっています。

 

Publications Archive — Nick Lane

 

レーン先生いかつい・・・。

 

いやー、しかし読み終えるのに一週間以上かかってしまい、知的好奇心は多いに刺激されるのだがそれなりに読みにくいよね・・・。レーンの第一作『ミトコンドリアが進化を決めた』でも、なんだかあんまり順序立てられていないというか、「今なんの話してるんだっけ?」と途中でわからなくなってしまうことが多々あった。第一作ではそれぞれの章の最後にまとめとしてレーン自身の仮説が述べられていたのだけれど、その仮説の根拠となる研究結果が特にあるわけでもなさそうなのも違和感があったな。

 

一方本作は進化に沿って話が展開していくので、「今なんの話してるんだっけ?」と戸惑うことはほとんどなかったし、仮説の根拠となる研究成果も詳しく説明されていて第一作よりはかなり読みやすかったのだけれど、それでも時々集中力が保てず字面を追っているだけの自分に気がついて、何ページか戻って読み直す、ということが何回かあった。まあ私の集中力の問題は大きいとは思うんだけど、レーン先生、話したいことが多すぎて書きすぎなのでは・・・?感も否めない。原注がやたらと多くてそれぞれ長い(読んでない)ことにもその「書きすぎ」感が現れていると思う。この人、一を聴いたら百くらいの答えを返してくる人じゃないかな・・・。訳者あとがきの一番最初に「ニックはジャレド・ダイアモンドのような書き手たちを思い起こさせる」というビル・ゲイツの言葉が引用されているのだが、ジャレド・ダイアモンドのほうが格段に読みやすくて文章の書き手としては比較できないと思うな・・・。

 

まあこの感想文を書き上げるのにも苦労してる人間がなんか偉そうに言ってますけど、これだけ込み入った壮大なストーリーを、一般向けの読み物として書き上げることができるというのは本当にすごいことですよね。翻訳者の方のご苦労も忍ばれます。

 

www.fellow-academy.com

 

ところで本書の原題は"The vital question: why is life the way it is?"なのだが、それを『生命、エネルギー、進化』としたのは、第一作の原題"Power, sex, suicide"にならったのかなと思ったり。とりあえず『生命の跳躍』も読もう。