『テロメア・エフェクト』を読んだ

図書館で借りて読んだのだが、期限をかなり過ぎてしまい、その状態で延長するのもためらわれ、読み終わるやいなや返却してしまったので手元にない。なので覚えている範囲で感想を書きます。

 

細胞から若返る! テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

細胞から若返る! テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

 

 

テロメア研究で2009年にノーベル医学生理学賞を受賞したエリザベス・ブラックバーンとその共同研究者による著作。・・・と書くと、テロメア研究を広めるために書かれた一般向けの科学書で、テロメアについての最新知見がわかりやすく書かれているものだと思うでしょう。少なくとも私はそうだと思ってこの本を借りました。

 

そしたらまず驚いたのが出版の年。これ、去年出版されてるんですね。原著もアメリカでの出版も2017年1月らしいから、アメリカと日本ほぼ同時に出版準備が進められていた?ちなみに原著はこちら。

 

The Telomere Effect: A Revolutionary Approach to Living Younger, Healthier, Longer

The Telomere Effect: A Revolutionary Approach to Living Younger, Healthier, Longer

 

 

あれ?こちらでは発売日が2018年になっている・・・。ハードカバー版が昨年、ペーパーバック版が今年発売されたってことかな。いずれにせよ、ノーベル賞受賞者による一般向けの啓蒙書って、受賞のあと知名度がまだ高いうちに出版されるのが普通だと思うのだが、この本はブラックバーンノーベル賞受賞から8年も経って出版されている。

 

で、中身を読み進めてまたびっくり。もちろんブラックバーンノーベル賞受賞に至ったテロメア研究の概要についても説明されてはいるのだが、テロメアの維持機構や最新の分子生物学的知見などに関する専門的な話は一切なし。そういう専門的な話に興味のある人は巻末の引用文献に私が書いた総説をリストしているから読んでね、としか書いてない。じゃあ何が書いてあるかというと、内容的には自己啓発本に近い。と、思う。「自己啓発本」なるものの定義がよくわからないのでこの使い方で合っているのか少々自信がないのだけれど、要するに、さまざまなストレス、病気、生活習慣とテロメア長との間に相関があり、また生活を改善することによってテロメアが長くなるという最新の知見をもとに、ではテロメアの長さを保って健康に長生きするにはどうすればいいか、ということを提案しているのがこの本なのだ。

 

そもそもテロメアとは何かということについて簡単におさらいしておく。テロメアとは真核生物の染色体の末端にあるDNA配列のことで、同じ配列(ヒトではTTAGGG、シロイヌナズナではTTTAGGG)が、数十kbに渡って繰り返されている。DNA複製の機構上、細胞が分裂するたびにテロメアは、というより染色体の末端は少しずつ短くなるので、細胞分裂回数とテロメアの長さは反比例する。細胞の分裂回数には制限(「ヘイフリック限界」と呼ばれる)があり、その回数を超えて分裂しなくなった状態を「細胞の老化」と呼ぶのだが、老化した細胞はテロメアが短いことがわかっている。つまり、テロメアが短いことと老化との間には相関がある。

 

テロメア - Wikipedia

 

この本の共著者でもあり、ブラックバーンのUCSFにおける同僚でもあるエリッサ・エペル(と書いてあるけど発音的にはイーペルじゃないのかな・・・?)は、心理学者として介護に携わる人たちのストレス状態を研究するうちに、強いストレスを抱えている人たちが、それほどストレスを感じていない人たちに比べて老化の速度が速いことに気づいたそうだ。そして、上述のブラックバーンの研究成果を見て、ではその人が抱えるストレスの強さとテロメアの長さの間には相関があるのでは?と思い至ったらしい。エペルからの共同研究提案を受けたブラックバーンも当初半信半疑だったらしいのだが、研究を開始してみたら実際にストレスとテロメア長との間に非常に明確な相関(ストレスが強いほどテロメア長が短い)があることがわかって驚いたそうだ。

 

そして彼女らのこの研究をきっかけとして、今日に至るまで上述のようにさまざまな病気、生活習慣とテロメアの長さとの関係についての研究が行われているのだが、このリストが結構驚き。病気とテロメア、はまだわかるのだが、睡眠時間、運動習慣、食習慣も、テロメアの長さに影響を与えることが示されている。例えば、睡眠時間の短い人ほどテロメアが短い傾向にあるし、軽い運動を定期的に行っている人はテロメアが長い傾向にあるし、健康的な食習慣の人はテロメアが長い傾向にある。それぞれの項目についてもかなり細かく調べられていたのだが、実際の本が手元にないので書けない・・・。一つ覚えているのは、コーラやソーダのような砂糖がたくさん入っている清涼飲料水の工場的多量摂取とテロメア長との関係について調べた研究。コーラを毎日大量に飲む人はテロメアが短い傾向にある、という研究結果があるそうな・・・。ちなみにここでいうテロメアは、大体が血液中の白血球から調べられているようだ。

 

またさらに、ストレスや悪しき習慣の結果、テロメアが短くなったとしても、ストレスを軽減したり生活習慣を改善することによってまたテロメアが長くなることも研究によって示されている。テロメアを長くする行動の一例として述べられているのが、最近「マインドフルネス」として割と話題の要するに「瞑想」で、数ヶ月の瞑想ワークショップの結果、被験者のテロメアが長くなったという研究成果も出ているそうだ。

 

一方、この本でも注意事項として何回か書かれているのだが、じゃあ薬でもなんでも使ってテロメアを長くすればよいのかといえばそうではない。実際にアメリカではテロメアが長くなる効果をうたったサプリメントが売られていたりするらしいのだけれど、がん細胞のテロメアは長いことからも示唆されるように、むやみやたらとテロメアを長くすることは病気につながる可能性がある。また、「相関がある」ということは原因・結果とはまた別物で、あくまでもテロメアの長さは健康や老化の指標に過ぎない。ただ、健康の指標としては非常に有用だし、テロメアを長く保つような生活を心がけることは、健康で長生きすることにもつながりますよ、というのがこの本の主張なのだ。

 

・・・とは言えここまで書きつつ改めて考えてみると、「自己啓発本」として考えるとこの本で提案されている「健康で長生きにつながる生活習慣」自体は特に目新しいものではないよな。睡眠は十分に取りましょう、適度な運動を定期的に行いましょう、野菜や肉をバランスよく食べて糖の取りすぎは避けましょうって、まあかなりよく言われている、誰でも知っている健康法だ。まあ「サイエンス本」として考えると、さまざまな生活習慣とテロメアの長さとの間に相関があるというのは新鮮な知見であった。講義に使えそうだし、今回は図書館で借りたのだけれど、自分で買ってもいいな・・・。

 

ところで、じゃあテロメアと老化、健康との間にここまで相関があるというのなら、「あなたのテロメア測ります」なんてビジネスになりそうじゃない?ブラックバーン、そういうベンチャー立ち上げたりしてるんじゃないの?と、読みつつ考えていたのだが、やっぱりやってましたよね。今ではもうその会社とは関わりを絶ったらしいけれど。

 

Elizabeth Blackburn - Wikipedia