『読書で離婚を考えた。』を読んだ

ブログタイトルの通り、本が好きなので、割といつも「なにか新しい面白い本はないか」と探している。なので人がどんな本を読んでいるのかに興味がある。したがって読書エッセイみたいなものは割と好きだ。新聞の書評も結構好きだけど、読書エッセイのほうが書いた人の人柄なんかも知ることができて面白い。とは言え、それほどたくさんの読書エッセイを読んでいるわけでもなく、これまで読んだのは三浦しをん米原万里佐藤優立花隆の読書エッセイくらいかな。対談形式の読書本だと最近のヒットはやっぱり清水克行と高野秀行の『ハードボイルド読書合戦』ですよね。あと、エッセイじゃないけど、本がたくさん紹介されていて面白いのはやっぱり『バーナード嬢、曰く。』(漫画)。

 

と、いきなり他の本の紹介から始まってしまったのだけれど、今回読んだ本はこちら。

 

 

SF作家の円城塔とホラー作家の田辺青蛙(たなべせいあ、と読む)の夫婦が、夫婦間の相互理解を深めるため、互いに課題図書を出し合ってそれについて感想を書くというリレー式の読書エッセイ。昨年出版された本で、多分そのときにネットでこのお二人が宣伝対談をなさっているのを見て興味を惹かれていたのだった。ちなみに私、円城塔は2冊ほど読んだことがあるのだけれど、田辺青蛙の作品は読んだことがない。円城塔を読んだことがあるのは、SF作家だから、それから経歴を見て興味を惹かれたから。ウィキによると2000年に東大総合文化研究科で学位を取得なさっているらしく、思いっきりかぶってんじゃん・・・。構内ですれ違っていたかも知れぬ。

 

で、この本。昨日近所の図書館で見かけてそう言えば読みたかったんだと思い出し、借りてきて(なので販売冊数には貢献できていない)昨日と今日の通勤電車で読み切った。最後まで読んで思ったのが「離婚を考えるほどまでの危機的状態じゃ全然ないじゃん」ということ。タイトルから、リレー形式で回数を重ねるにつれどんどん二人の関係が険悪になっていくのだろうか・・・とちょっと不安かつ野次馬的興味で読んでいたのだけれど、そんなことは全然なかった。まあもしかしたら家庭内ではちょっと険悪になっていたのかもしれないけど、普通に考えて公開される文章で家庭内不和をあからさまにはしませんよね。でもまあ実際離婚してないわけだしこの本のテーマである「夫婦間の相互理解」も多少は進んだようだし、「ほんとにこの二人、離婚を考えるところまで行っちゃったのかしら?」と、素直に心配して心配しすぎて読めない、という人は、安心して読んだらいいと思う。

 

一方で私は割と普段から「自分のこともわからない人間が他人のことなんてわかるわけはないのだから、よりよい人間関係を構築するためには、相手を理解しようとするより理解はできないものという前提で相手の考えを尊重したほうがよい」という考えで、もちろん完全に実践できているわけではないのだが、できるだけこの考えに基づいて行動しようとしている。で、この本を読んで、やっぱり他人を理解するのは無理だなと思ってしまいましたね・・・。そもそも円城さんと田辺さんのお二人がこの読書リレーを始めた目的が「夫婦の相互理解を深める」なので、こう言ってしまうと身も蓋もないのだが。

 

ただ、本書を読んでいると、どうも「円城さん→田辺さん」よりも「田辺さん→円城さん」のベクトルのほうが強いのではないかという気がした。例えばそれは、「二人で一緒になにかしよう」という提案が田辺さんからは頻繁になされるのに対して、円城さんは毎回それをスルーしているところ、田辺さん回には頻繁に「こんな自分で円城はいいのだろうか」と二人の関係を心配するような記述があるのに対し、円城さん回にはそのような記述は見当たらないところから類推される。問題はそのベクトルが、「円城さんを理解したい」というよりも、「自分を理解してほしい」という要求的な性質を持つもののような気がするところ・・・。時々「田辺さん、円城さんの回ちゃんと読んでる?」と思わせる文章が散見されたり、料理はちゃんとレシピ通りに作って欲しいという円城さんのリクエストは一切無視して相変わらずレシピを無視した料理を作り続けたりというところから、そんな気がしてしまったのだよね・・・。そして、レシピを無視した料理を作り続けることに対して田辺さん自身罪悪感は抱いているらしく、それについて謝罪の言葉が出てきたりもするのだけれど、かと言って自分を変えようとするわけでもなく、そんなところに「ありのままの自分を受け入れて欲しい」という要求が垣間見えている・・・気がする。

 

上述の通り、私は円城さんとかなり似た経歴を持っているし、考え方もこの二人の中では円城さん寄りなので、どうしても田辺さんに対して辛口になってしまうのだが、私は自分を変えようとしない田辺さんに対して文句を言っているわけではなくて、変えられないんなら変えなくていいんじゃない?と思うわけなんですよね。自分を変えるのってなかなか難しいですよ。特に歳を取ってからこれまでの自分を改めるのは難しい。だからどうしても変えられないんなら別にそのままでいいんだけど、だとしたら相手が変わることも期待しちゃだめですよ、と思うのだ。「私の野望の一つに夫を関西人に改造するというのがあります。」(p295)なんて記述もあるんだけど、自分が変わらないのなら人も変えようと思っちゃだめですよ、そのままの相手を受け入れないとだめですよ、田辺さん・・・。

 

ただこれはそのまま私に返ってくる言葉で、私も他人、特に家人に対する過剰な期待はしてはいけない、人を変えようと思ってはいけない、それを肝に銘じて日々行動せねばいけないなと、この本を読んで改めて思った。幸い私も家人も円城さん寄りの人間で、家人は特に「人には期待しない」度合いが強いので、今のところそれなりに上手く(と、私は思ってるけど相手はどう思っているのかは知らない)やっていけているのだが、甘えないように常に己を顧みなければならないなあ。

 

と、本書を読みつつ、夫婦のあり方、人間関係にいろいろ思いを馳せてしまったのだが、この本のテーマはそれだけじゃなくてもうひとつの重要なテーマが「読書」なんである。本書では、田辺さん20冊、円城さん20冊で計40冊の本が紹介されている。ちなみにその中で私がこれまで読んだことのある本は2冊だけでした。それも二人が一番最後に紹介し合う2冊(円城さん紹介『ソラリス』と田辺さん紹介『バトル・ロワイアル』)。上に「自分は円城さん寄り」と書いたけれど、円城さんが薦める本だけじゃなくて田辺さんが薦める本もどれも面白そうで、『バーナード嬢』でも紹介されていた『羆嵐』、スティーブン・キング『クージョ』、小林泰三『記憶破断者』、中島らも『西方冗士』なんかは興味を惹かれた。

 

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

 
クージョ (新潮文庫)

クージョ (新潮文庫)

 
記憶破断者

記憶破断者

 

 

一方の円城さん紹介の本も、ジョー・ヒル『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』、エンリコ・モレッティ『年収は「住むところ」で決まる』、ロラン・バルト『パリの夜』、ジョン・ヴァーリィ『ビートニク・バイユー』、木村俊一『連分数のふしぎ』は読んでみたい。特に最後のやつは今すぐにでも読みたい。

 

年収は「住むところ」で決まる  雇用とイノベーションの都市経済学

年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学

 
連分数のふしぎ (ブルーバックス)

連分数のふしぎ (ブルーバックス)

 

 

ボビー・コンロイ、パリの夜、ビートニク・バイユーは短編集内の一編みたいですね。

 

何はともあれお二人いつまでも仲良く。