『科学を語るとはどういうことか』を読んだ

東大の物理学教授である須藤(すとう)靖先生と、京大の科学哲学者、伊勢田哲治先生との対談。表紙がそもそも強烈なんだが、中身も強烈。というか、中身の強烈さに合わせてこの表紙なんだろうな・・・。

 

 

副題が『科学者、哲学者にモノ申す』となっていることから、なんとなく、「なごやかな対談」というよりバトル要素が入っている本なのかなという想像はつくのだが、読んでみたら思った以上の真剣バトルでびっくりした。しかも最終的に収束ついてない・・・。

 

そもそも本書の成り立ちは、須藤先生が最初に科学哲学の本を読んで「そこで語られている決定論・因果論という考え方の解釈に強い違和感を持った」「全く的外れでナンセンスな議論であるとしか思えなかった」(いずれもp7)という意見を抱いたところから始まる。そして「インターネット上の書き込みから、東大駒場キャンパスで科学哲学についてかなりひどいことを言っている物理学者がいるという話」(p297)を伊勢田先生が聞きつけ、河出書房新社の本の企画としてこの対談が行われた、と。

 

この須藤先生がとにかくエネルギッシュで、最初からほぼ最後まで、科学哲学は「くだらない」「役に立たない」と怒っている。確かに私も、科学哲学とか哲学の入門書を読んでいて、そこで述べられている議論に「哲学者ってそんなことまで考えるんだ・・・」と驚かされたことは何度もある(例えばデカルトが「1+1が2というのは実は正しくなくて悪魔によってそう思い込まされているだけなのかもしれない」と疑った話とか)。だから須藤先生の最初の衝撃もある程度はわかる。

 

でも私の場合、これまでに哲学の入門書を何冊か読んできて、普通の人が「そんなところまで」とびっくりするくらいにとことん考えつめてしまうのが「哲学者」なのだろうなと理解したし、そして「科学」と名前は付いているものの、科学哲学は人文系の学問分野で、科学とは方法論が異なるのも当たり前だし、なにより科学哲学は科学を外から見て科学とはなにかを考えるもので、疑問を持つ視点が科学者と全く異なるのは当たり前、という認識に達していた。だから、この本の冒頭で、須藤先生は科学哲学に対してたいそうお怒りのようだけれど、伊勢田先生との対談の中でこの怒りもすぐに収まるのだろう・・・と思って読み進めたのだが、これが大間違いだった。

 

この対談中、須藤先生は「科学哲学は科学の分野内にあって科学をサポートする役割を果たす学問である」と勘違いしたまま、徹頭徹尾その考えをあらためてくれない。一方の須藤先生に対する伊勢田先生は冷静そのもので、何度も、科学哲学は科学をサポートする学問ではないこと、科学の外から科学を考えるのが科学哲学であることを説明し、科学と科学哲学との関係は鳥と鳥類学者の関係によくたとえられると繰り返す。しかし須藤先生はその説明に一旦納得したかのように見えて、話し始めるとまた「科学哲学は役に立たない」という持論に戻って行ってしまうのだ。不毛。

 

須藤先生も、決して科学哲学を全く学ばないまま印象だけで暴言をはいているわけではなくて、私が読んだような入門書、そしてそれ以外のものもかなり読んでらっしゃるようだし、なにより対談を読んでいる限り(あとからかなり手は加わっているらしいが)、伊勢田先生の話に対してすぐに自分の理解をもとに話を展開させるところ(その解釈が合っているいないは別として)なんか、すごく頭のいい人だなと思うわけだ。それなのに、どうして「科学の外からものを見る」ということがわからないんだろう。科学哲学は、須藤先生の役には立っていないかもしれないけれど、なぜそれが自分の知らない、自分が所属している世界の外では役に立つかもしれないと考えないんだろう。「くだらない」と思うのはあくまで須藤先生の価値観での判断、好みの問題でしかないということがなぜわからないんだろう。

 

どんなに頭がよくてどんなにたくさん業績を出していても、「自分の世界」(須藤先生の場合は「科学」)という枠の中でしか物事を考えられず、自分の価値観に凝り固まってしまうのは、年齢のせいなのだろうかそれとも単に性格なのだろうか。もし歳のせいだとしたら、こうはなりたくないなと思ったし、また本書で須藤先生は「科学者vs科学哲学者」という図式を頻繁に提示されているけれど、その須藤先生が所属する「科学者」グループに私は入れてほしくないと強く思ってしまった。

 

一方の伊勢田先生はめちゃくちゃ大人で、須藤先生の暴言(それでも原稿にする時点でかなりマイルドになったらしいが・・・)にも動じず、科学哲学における議論、因果論、そして実在論について淡々と説明していく。でも「それはあなた(須藤先生)の価値観の問題」ってもっと早い段階で言っちゃっても良かったと思うよ、伊勢田先生・・・。

 

科学者と科学哲学者の対談という企画そのものはすごく面白いし、科学哲学について改めて学ぶところも多かったけれど、とにかく最初から最後まで須藤先生のわからんちんぶりにいらいらさせられた本であった。やれやれ。