『シンドローム』を読んだ

読書漫画『バーナード嬢曰く。』の中のSF好き読書家キャラ、神林しおりが漫画の中で薦めていた『シンドローム』が文庫化されるという情報をツイッターで得て、本屋で探して即購入。

 

シンドローム(キノブックス文庫)

シンドローム(キノブックス文庫)

 

 

神林のお薦めに外れなしとは言え、この『シンドローム』、中学生(・・・と、はっきり書いてなかったような気がする。高校生かもしれない)が主人公の青春SF小説ということで、「青春」の迷いをはるか昔に捨て去った身としては、そこまで楽しめるかどうか少しばかり不安だったのだけれど、全くもって杞憂でしたね・・・。主人公が、森見登美彦(文庫版の解説を書いている)の小説に出てくるような、自分の頭の中だけでぐるぐるぐるぐる考えて行動できないようなこじらせ屁理屈男子で、謎の生命体襲来で町が壊されていく中、同級生のちょっと謎めいた女の子、久保田葉子のことばかり考えている。というか、久保田葉子が気になることを自分では認めずに否定しながらも、傍から見るとやっぱり久保田葉子のことばかり考えている。そのへんのめんどうくささが私としては共感度が高く、一気読みでした。

 

一方、森見の腐れ京大生と違うのは、この主人公がまだ中学生(か、高校生)で、おそらく知能もそこまで高くないこと。だから(だと思うんだけど)、何かを考えるときに主人公は同じ語彙ばかり使う。例えば下の文章のように。

 

いかにも、真相は迷妄にあった。迷妄はぼくの衝動に呼びかけ、ぼくから精神的な人間という虚飾を剥ぎ取り、獣の本性をさらそうとする。卑劣で、そして狡猾でもある迷妄は得意のいつわりをおこなうことで、暗い影の下にも精神的な世界があると言葉たくみにささやくが、事実から言えば、そこには精神的な要素などかけらほどにも転がっていない。ただ、獣じみた非精神的な期待と願望だけが渦巻いていて、ひと一人を隠すだけの大きさもない。平岩のように、迷妄の奴隷になってはならない、とぼくは思った。

 

この文章の中だけでも、「迷妄」が4回、「精神的」が4回使われているのだけど、繰り返し同じ語彙を使った改行の少ない長い文章を読んでいるうちに、読者も主人公の思考に絡め取られていくような気分になる。もう一つ、裏表紙の帯にも抜粋してあるのだけど、この小説の登場人物のセリフには面白い仕掛けが施されていて、それがページをめくったときの驚きとともに強烈に印象に残る。印象に残るだけじゃなく、そのセリフが一つのリズムを生み出していて、それがまた読者を物語の世界に入り込ませる仕掛けになっている。視覚的効果を利用して読者を物語の世界に没入させるという方法、小説にはこんな可能性もあるんだな、と思ってすごく新鮮だった。

 

ところでこの「キノブックス文庫」、今回初めて知ったのだが、新しいレーベル(というのか?)なんだろうか。表紙をめくったときのタイトルページのデザインがとても素敵。同じデザインが、カバーを取った文庫本体の表紙にも使われている。文庫本体の表紙の色はきれいな水色で、これまた印象的。中に「キノブックス文庫編集者かわら版」というちらしが挟まれていて、本書出版までの裏話が書いてあったりするのが新しい。『シンドローム』の裏話としては、「六日目」という章の最後の最後、帰宅した主人公が久保田葉子とメールのやり取りをするシーンで、単行本になる段階で重要な一文が削除されたというエピソードが紹介されている。このシーンでは、主人公が送ったメールに対し久保田葉子が「ーおやすみなさい。」とだけ返信するのだが、草稿の段階では主人公が久保田葉子に送ったメールの文面が書かれていたそうだ。どんな文面だったか読者の皆さんそれぞれ思いを巡らせてみてください、というのがこのかわら版の締めなんだけど、七日目のそっけない終わり方からして、そりゃもうあの一言しかないだろうなと思ってにやにやした。