『LEAN IN』を読んだ

女で、この歳で、運良く同じ業界で働き続けてそこそこの役職についていると、どうしても「男女共同参画」というものから無縁ではいられない。男女共同参画については自分なりの意見を持っているつもりではあるけど、でもあくまでも「自分なりの」意見なわけで、今後意見を求められる機会が増えるとすると、もうちょっと勉強しておいたほうがいいんじゃないか?と思い始めた。で、とりあえず読んでみたのがこちら。

 

 

単行本はしばらく前(2013年だった)に出版されて本屋のビジネス書のコーナーで平積みになっているのを何回か目にしたけれど、文庫になったのは昨年のことなのね。作者のシェリル・サンドバーグさんは、大学卒業後、世界銀行のチーフエコノミストマッキンゼーコンサルタント、米国財務省主席補佐官、グーグル副社長、フェースブック最高執行責任者を歴任、という、もうひれ伏すしか無い経歴の持ち主。2011年8月のForbs誌「世界でもっともパワフルな女性100人」の5位にランクした方で、さらに二人のお子さんのお母さん。いや文句のつけようがないですよね。そんな文句のつけようがない経歴を持つためには、本人が超努力家であることもさることながら環境に恵まれていて運がよかったという要素も不可欠なわけで、彼女の経歴だけ見てついつい「運がよかったんでしょ・・・」と卑屈になってしまい、斜に構えつつ読み始めた。

 

で、読んでみて。努力家であること、運がいいことはもちろんなんだけど、それ以上に思ったのが、この人すごく素直な人なんだろうなということ。本文中で、彼女が困ったときに、その時々のメンター、上司、アドバイザー、社内の専門家にアドバイスを求める場面がしばしば出てくるのだが、そんな風に自分が困ったときに素直に誰かに助けを求めることができる(自分の弱みを相手にさらすことができる)、そしてもらったアドバイスを素直に実行できる、というのが、彼女の最大の強みでありここまで成功した理由なんじゃないかな。そしてそんな風にすごく謙虚で素直な方だから、助けを求められた人も真摯にアドバイスを返すし、そうしてそんな彼女から提案があればそれに答えようとするのだろうな。

 

内容的には、私自身すでにそれなりに確立してきたキャリア、仕事の仕方があるので、この本から学んだ仕事術、みたいなのは特にはなかったのだけれど、自分もこの歳で恵まれた環境でここまでアカデミアに残って来られたのだから、若い人たち、特に若い女性研究者の環境作りに貢献せねばならないな・・・との認識は新たにさせられた。同時に、アメリカよりも圧倒的に非合理的で女性蔑視の風潮が根強く、未だに精神論を振り回すしか能のない経営者たちが、経済、政治を牛耳っているという日本の状況を考えて、やれやれ・・・と嘆息してしまったのも事実。まあ若い人たちの意識は確実に変わってきているし、男女平等に向けた意識改革、環境改革は確実に進んでいるとは思いますけどね。これからキャリアを積みたいという若い人にはとてもいい本だと思う。それから、帯のマーク・ザッカーバーグの言葉にもあるように、若い女性を育成する立場にある教育者、経営者はぜひ読むべきですよね。

 

一方で、本書を読んで気づいたアメリカと日本の違いで、とても驚いたことが二つある。その一つが作者の経歴。作者のシェリル・サンドバーグさんは、主席補佐官として米国財務省に勤めたあと、民間企業に移り、グーグル副社長、フェースブック最高執行責任者を歴任なさっている。財務省の首席補佐官って、よくわからないけど多分日本だといわゆる官僚なのでは?で、「官僚が民間企業に移る」ことは日本だと「天下り」と呼ばれるわけで、その言葉からもわかるように、官僚と民間企業との間には大きな壁、世界の違いがある。最近も、灘→東大法→財務省、からの外資系企業、というキャリアの持ち主を「レールから外れた人生」と銘打った記事がどこかの新聞に掲載されて、ネットでは「このエリートコースのどこを見たら『レールから外れた』になるんだ」とその記事のタイトルに対しての否定的なコメントが相次ぎ、私も最初見たときは「はあ?」となってしまった口なのだが、改めて想像するに、日本では官僚から民間に行くのは50代くらいになって、事務次官にはなれないことがわかってからの天下りという認識で、キャリア半ばで民間に移るのは実際その界隈では「異端」なんじゃないかな。一方この『LEAN IN』を読む限り、アメリカでは「財務省から民間企業」はそんなに特別なことでもないらしい。特に「よくあること」と書いてあるわけでもないけれど、反対に「珍しいこと」と書いてあるわけでもないから、多分それなりによくあることなんだろうと思う。アメリカにおける省庁と民間企業の垣根の低さ、エリート官僚から民間企業に移ることに対する認識の違いが、まず驚いたことの一つ。

 

もう一つ驚いたのが、「あとがき」の謝辞。「あとがき」で作者が最初に感謝の言葉を捧げているのがライターのネル・スコーヴェルさんという方なのだが、「読者は本書のどのページを繰っても、彼女の才能と熱意を感じることができるだろう」(p280)とあるのを読んで、「え、この本って実際に書いたのはサンドバーグさんじゃなくてライターの方なんだ・・・」とかなり驚いた。でも改めて考えてみると、「文法的に正しく読みやすい文章を書く」というのは獲得することがかなり困難なスキルの一つであるし、サンドバーグさんはフェースブック最高執行責任者として、そして二児の母として、めちゃくちゃ忙しい立場なわけだから、そこはプロに任せましょうということなのだろう。本文中のどこかにも、作者がプレゼンで困ったときに社内のコミュニケーターのところに駆け込んだという話があって、アメリカの会社にはプレゼンの専門家がいるんだ・・・と驚いた(まあフェースブックみたいな大手に限ったことかもしれないけど)。たしかに合理性、効率性を重視すれば各分野の専門家を雇って分業するということになるわけで、かつ、今や対外的な活動アピールがどの団体においても必要不可欠なわけだけど、そのための資料作りには技術もセンスも必要だ。日本の大学も、財務省文科省が言う「効率化」を進めるのなら、専属のサイエンス・ライター、デザイナーを雇って、プレスリリースや大きなグラントの文章作り、プレゼンスライド作りはその人に手伝ってもらうべきなんじゃないだろうか。