『日本SFの臨界点 [怪奇篇] ちまみれ家族』を読んだ

ここしばらくSF読んでないなあ、と本屋でハヤカワ文庫を物色中に見つけ、購入。

 

 

こちらの「怪奇篇」と「恋愛篇」の2つがあったのだが、とりあえず怪奇篇を買ってみた。編集は『なめらかな世界と、その敵』の伴名練。『なめらかな世界と、その敵』はもちろんめちゃくちゃ面白かったし、大森望と編集していた『2010年代SF傑作選』も読んだ。書き手としても読み手としてもすごい人が出てきたんだなあ、とは思っていたけれど、この『臨界点』を読んで私の中の伴名練評価は更に爆上がりしましたね。伴名練、一生ついていくよ・・・。

 

「ホラーSF」というテーマで、主に単行本に収録されていない作品、あまり知られていない作品・著者の中選ばれた11篇、どれもとても面白かったのだけれど、中でも衝撃だったのが最後に収録されている石黒達昌『雪女』。「体質性低体温症」という病気について書かれた医学論文と、その論文著者である医師、柚木弘法(ゆうきこうほう)に関する記録・証言を主体として、「体質性低体温症」を持つ謎の女性ユキとその治療に関わる柚木医師の二人の死の謎に迫っていく、というのが物語の筋なんだけど、パラグラフ・ライティングを意識した改行の少ない文章、登場人物の感情の動きはばっさり排除して「事実のみを書く」という科学レポートそのものの文章スタイルにまず衝撃を受けた。

 

でも単に文章スタイルが特殊なだけならこんな衝撃は受けないわけなんだよな。科学レポート的に漢字も多く改行が少ない文章は、一見読みにくいんだけど、そんなことは関係なく、どうにかしてユキを助けようと死力を尽くす柚木医師の物語にどんどん引き込まれ、読み終えたときはしばし呆然として、これまたあまり味わったことのない余韻に浸ってしまった。

 

で、もちろんすぐにググって他の作品も読まなくちゃ、となるわけなんだけど、伴名練の紹介文にもあるように、著者の石黒達昌さんはテキサス大学の癌センターで助教授をなさっていたこともあるお医者さんで(現在は日本のクリニックにお勤めらしい)、その作品はほとんどがデジタル化されてはいるものの、数も少なく、また2010年以降は執筆活動がないらしい。まあお医者さん、忙しいよね・・・。伴名練は布教活動のため(?)に「石黒達昌ファンブログ」なるものも書いていて、わかる・・・わかるよ・・・と激しく共感。

 

tobecontinued35.blog.fc2.com

 

そしてもう一作品、「伴名練は人として信頼できる」との思いを強くしたのが、光波耀子の『黄金珊瑚』。この短編集唯一の女性作家なのだが、あとがきを読むと本短編集に女性作家を入れることに伴名練がこだわっていたことがよくわかる。結果として本短編集では女性作家の作品が一編だけになってしまい、「日本SF史に女性SF作家が全然いなかったという印象を与えるのも不本意」(p415、編集後記より)であることから、編集後記には「日本SF初期と女性作家」というまとめもつけられている。日本社会と同様、SF小説界隈も男性優位な社会という印象があり、小松左京なんか読んでると「女性嫌悪、女性蔑視」が露骨で心底うんざりするわけだけど、そんなSF小説界においてジェンダーバランスにもきっちり配慮できる伴名練はほんとに人として本当に信頼できるし、これからずっとついていくよ!と強く思ったのであった。「恋愛篇」も買いました。