『ロボット学者、植物に学ぶ』を読んだ

大学生協で買って積読にしてあった本の一冊。

「植物に学ぶ」というタイトルなんだけど、前半はずっと動物をモデルにしたバイオミメティクス、バイオインスピレーションの話が続く。あれ、この本って「植物に学ぶ」だったよね・・・?と読者が訝しみだしたところで、後半では一転、植物の特徴にヒントを得たロボット工学に関する著者自身の研究に話になる。前半の動物の話は、後半との対比を際立たせるためなのね。

 

著者のBarbara Mazzolai博士は、イタリア技術研究所マイクロバイオロボティクスセンターのディレクターで、マイクロシステム工学の博士号を持つ生物学者。水やイオンなどを感知して先端成長し、土壌の中を進んでいくロボット<プラントイド>を開発し、2015年には「ロボット業界で知っておくべき25人の女性」の一人に選ばれたそうな。現在は、つる植物にヒントを得たGrowBotの開発に携わっているらしい。

 

www.iit.it

 

いやー工学系は論文数が半端ないな・・・。

 

バイオミメティクスというと、動物や植物などの機能を模倣して人間の役に立つツールなりロボットなりを作成する研究分野、という理解しかなかったのだが、本書では、模倣してツールやロボットを作ることがまた生物自身や生物の進化の理解にもつながるという例が紹介されていて、なるほど、と蒙が啓かれる思いであった。植物科学がこれから進んでいくべき道の一つがここにあるかもしれないなあ。

『進化の技法 転用と盗用と争いの40億年』を読んだ

現役シカゴ大学教授による一般向け科学書

 

生物の進化の過程と、その過程を明らかにしてきた科学者たちのお話。科学者たちの人となりやエピソードとともに、進化の仕組みが明らかにされてきた研究過程が語られていて、続きが気になってどんどん読んでしまう。ちょっと専門的な話は出てくるけれど、高校生物の教科書くらいの知識があればそれほど苦労せずに読めると思う。

 

様々な発見やエピソードについて、いちいち注釈はついていないのだけれど、その代わり巻末の「さらに勉強したい人のために」セクションで、各章で著者が参考にした本や論文を説明つきで紹介してくれている。進化生物学を学びたい大学生・学生・研究者(私みたいな)は、ここも必読(自分に言っています)。

 

本書の大部分では、著者の専門である発生進化生物学の事例が扱われているのだけれど、最後の章ではもっと前の話、細胞自体の進化についても触れられている。特に細胞内共生説のリン・マーギュリスについてかなり詳しく紹介されているのだが、この細胞内共生説については佐藤直樹先生の『細胞内共生説の謎』にも書かれていたように、マーギュリス以前にも同様の仮説を提唱した科学者がいたことも短く紹介されている。その上で著者は「かたや、恐れ知らずの姿勢と忍耐と創造力を兼ね備えていたマーギュリスは、自説を決してあきらめず、数十年間、証拠を積み重ねながら粘り強く訴え続けた」(p232)とマーギュリスの業績を高く評価していて、『細胞内共生説の謎』を読んで感じていたもやもやが晴れた気分だった。

 

norikoinada.hatenadiary.jp

 

著者のニール・シュービンは、Tiktaalik roseaeという、首・肘・手首を持つ魚の化石を発見したことで有名な進化生物学者だそうな。化石の調査・発掘から遺伝子解析、さらにはゲノム編集を用いた仮説実証まで行っている。現役でばりばり活躍中、昨年はnatureにも論文を出していた。

 

shubinlab.uchicago.edu

 

natureの論文はこちら。

www.nature.com

 

研究ばりばりやって、更にこんな一般書まで書いているのか・・・すげー。しかも本作は3作目だそうな。下、一作目と二作目。

 

 

『カエル教える生物統計コンサルテーション』を読んだ

統計学が苦手である。大学受験のときに統計学の授業も一応取ったけど、全然わからず点も取れなかった。全然わからず点も取れず、という経験をしたのは、物理と統計だけである。研究を始めてから、もちろん実験結果に対して統計処理をしないといけないことが多々あったわけだけど、そして何冊か統計の本も買って勉強しようとしたこともあったわけだけど、統計の本を開くたびに挫折して、結局は「同じような実験をしているこの論文で使っているから」といういい加減な感じで統計手法を選択して、人に聞いたりネットで調べたりしてExcelで解析してなんとかやってきた。つまり、統計に関しては、今までだましだましやってきた(だましだましやってきたのは統計に関してだけじゃない気がするけど・・・)。

 

しかし最近、割と統計ちゃんとわかってる先生と一緒に共同研究をしていてですね、ディスカッションに行った学生さんが帰ってきて「ここはこの解析法じゃなくて違う解析法のほうがいいのではないかと言われた」とか言ってくるんですよ。で、私もよくわからないからあんまりアドバイスできないんだけど、こんないい加減なことでは相手の先生に迷惑がかかってしまう・・・これは今こそちゃんと統計を勉強しないといけないのでは・・・しかしこれまでに買った統計の本を開いてみてもやっぱりよくわからない。なんか、「生物の統計、これだけ知っておけばいい!」的な本ないの?と、西梅田ジュンク堂を探していて見つけた本の一つ。

 

 

めっっっ・・・ちゃ勉強になった・・・。

 

主人公の統計学者、毛呂山先生(カエル)が、「自分の研究で基本的な統計解析はやったことがあるけれど、見様見真似でエクセルを使ってデータ解析しているだけで、本質的なところをあまり理解できていない」医学系研究室に所属する修士や博士課程学生、ポスドク、講師の統計解析に関する相談に乗るという対話形式の本。実験を組み立てる際の心構えから、生物学的データを統計解析するときの疑問のあれこれ、統計解析に使えるソフトウェア、そして最終的に解析した結果をプレゼンテーションする際の注意点まで学ぶことができる。B5版で200ページ弱、イラストも多いので読みやすい。

 

一方で、基本的な統計解析を知っている人を対象としてるので、統計学の基本的な用語説明とか統計解析手法の解説とかはあまり出てこない。また、こういうデータにはこういう方法で解析をすべき、みたいなマニュアルも出てこないので、最初に書いたような「生物の統計、これだけ知っておけばいい!」というような本では全くない。書かれているのは研究成果のデータを統計解析するときの心構え、統計の基本的な考え方、研究に対する姿勢で、ただ、統計学に対するそういう視点こそが私に全く欠けていたものだな・・・と本書を読んで気づいた次第。これまでほんと、「なんかそれっぽく見えればいい」くらいの、ツールの一つとしてしか統計学を見てこなかったからなあ・・・。この本を読んで初めて「統計学」の片鱗がわかった気になって、蒙が啓かれる思いでありました。

 

しかし最後の章で、毛呂山先生に「同じような研究テーマだからといって、方法論まで真似しなさい、というのは、そもそも科学者としての基本姿勢を疑います」と言われてしまったのはかなりきつかったですね・・・。それ私じゃん、と思って。これからは、とりあえず得られたデータが正規分布なのかそうでないのかをまず調べて、そして解析する際の「棄却したい帰無仮説」が何なのかを考えることにして、あとは統計の勉強ちゃんとしよう・・・。

『オメガ城の惨劇』を読んだ

本屋で見かけて、裏表紙のあらすじを見て、犀川先生と真賀田四季出てくるんだ?買わなきゃ!となって買った。久しぶりの森博嗣ミステリ。

 

 

英語タイトルが『SAIKAWA Sohei's Last Case』であることに今気づいた。ええ・・・そんな・・・。

 

マガタ・シキからの招待状を受けて、科学雑誌の記者である主人公、ミヤチ・ノエミ、サイカワ・ソウヘイ他、高名な数学者・物理学者・心理学者や医師・画家の7人が、オメガ城に集まる。オメガ城は、『すべてがFになる』に出てきた島に建設された巨大な城で、招待された7人は特に顔見知りでもなく共通点もない。城でのディナー後、それぞれ引き取った部屋の中で、招待された7人のうち3人が殺され、1人が行方不明になり、そして行方不明になった1人の部屋の中で正体不明の死体が発見される。

 

最終的にはサイカワ・ソウヘイが事件を解決してめでたしめでたし、となるわけなんだけど、事件解決後思いも寄らない展開が待っていて、読後しばらくS&Mシリーズ、Vシリーズを思い返して反芻していた。S&Mシリーズは一度全部揃えたんだけど、結局売ってしまったのだよな・・・。S&Mシリーズ、Vシリーズ、四季シリーズとXシリーズを一通り読んで本作を読んだあと、やっぱり私は森博嗣ミステリキャラの中で犀川先生が一番好きだなあと再確認した。『すべてがFになる』だけでもまた買おうかな・・・。そしてこれが本当に犀川先生最後の事件なのかしら。Gシリーズの『Χの悲劇』では随分物語が遠くに行ってしまっていたし、犀川先生はもう出てこないのかしら・・・。

『進化論はいかに進化したか』を読んだ

再来年度から教える講義で、進化を軸に話そうかなあと考えている。しかし私は「進化」をちゃんと勉強したことがない。ちょいちょい論文は読んでるけど、そもそもダーウィンの『種の起源』すら通して読んだことがない(一部は読んだ)。こんなひどい生物学者もいるんだ、ということで安心する人もいるだろうけど、嘆く人も多いだろう。

 

ダーウィンの『種の起源』は、絶対そのうち全部読むぞ、という強い意思を持ちつつ、まず読んだのがこちら。

 

 

なんでまずこれを読んだかというと、本棚にあったからです。以前本屋で見かけて買っておいたんでしょうね。

 

第一部と第二部の二部構成。第一部はダーウィンの『種の起源』を基盤とした、「進化」についての解説。現在の知見と照らし合わせて、ダーウィンが『種の起源』で主張した進化論の、何が正しくて何が間違っていたのか、また世間一般で「ダーウィンの主張」として信じられていることの、どれが本当にダーウィンの主張で、どれが他の人の主張なのかが歴史的な経緯とともに解説されている。

 

個人的には、ダーウィンの死後にアルフレッド・ラッセル・ウォレスが『ダーウィニズム』という著作をものして、それが『種の起源』より売れた、という逸話がかなり衝撃的だった。いかにダーウィンダーウィンの進化論が神格化されていたかということでしょうか。今西錦司の進化論の話も面白かった。今西進化論が一時かなり人気があって、しかし現在では全く正しくないと言われている、くらいの知識しかなかったのだが、本書を読んで、いや今西進化論めちゃくちゃなんだが・・・と唖然としてしまった。当時のブームを知らない人間にとっては、なんでそんなめちゃくちゃな人のめちゃくちゃな学説がそんな人気あったの???と不思議で仕方ない(なぜ人気があったか、ということについても本書で解説されているのだが、それでも・・・)。

 

実際の進化論の中身については・・・。本書を一度読んだだけでは講義できるほどの知見はまとまっていないですね。まあ当たり前ですが。とりあえず『種の起源』と、関連書をもっと読みたいという気になったのでヨシ。

 

第二部は生物の進化に関するエッセイ。魚の進化の話では、大学のときに魚の分類学の講義をとったことがあって、「無顎類」とか「顎口類」とか、あったなーーーと懐かしく思い出した。ちなみにその授業は途中で離脱した。最近は途中で離脱しちゃうとGPAが下がっちゃうけど、昔はそんなことはなかったのね・・・。履修申請してもしなくても、好きな授業聞きに行くだけとかできたしね・・・。

 

調べたら、更科先生はたくさん著作を出されてました。他の著作も読んでみたい。

 

www.amazon.co.jp

 

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んだ

私のTLではかなりの話題になっていた、アンディ・ウィアーの新作。私は小説はほとんど文庫本でしか買わないのだけど、これは文庫になるのが待てなくて単行本で買ってしまった。

 

 

内容は、何を書いてもネタバレになってしまうのでここには書かないのけれど、ウィアーの最初の作品『オデッセイ』と同様、どんな困難な状況にも前向きに向かっていって、基礎科学の力で問題を解決していく主人公がとにかく素晴らしかった。そして下巻最後の怒涛の展開よ・・・!最後40ページ足らずを残してすごい展開になって、どうするのどうするのこれ、あと40ページしかないんだけどどうやって落ちつけるの・・・?とはらはらしながら読み進めて、待っていたのが泣きたくなるほどの幸せとそう来たかーーー!!っていう完全に予想外の結末。この最後を読んだときの幸福感を味わいたくて、残り40ページだけ何度か読み直してしまった。『アルテミス』も読まねば・・・。

『男たちを知らない女』を読んだ

「男女ともに感染するが、発症するのは男性のみ。発症したら9割の確率で死ぬウイルス感染症」が流行し、男性がほぼいなくなってしまう社会を描く近未来SF小説

 

 

タイトルとカバータイトルの未来感から、パンデミック中の話はあってもわずか、ほぼ男性がいなくなった社会で女性たちがどのように人口と社会を構築しているのか?という未来のお話・・・と勝手に想像していたら、全然違った。

 

物語は、パンデミック前夜、ロンドン大学に務める人類学者のキャサリンから始まる。二人目不妊に悩んではいるものの、3歳になる息子シオドアと夫アンソニーとの幸せな一家の様子。そして章が変わってグラスゴーの病院の救急外来。担当医師のアマンダは、救急で訪れた男性が急激に症状を悪化させてなすすべもなく死んでいく様子を目の当たりにし、新しい感染症アウトブレイクであることを確信する。そしてジョシュとチャーリーの二人の息子を守るために即座に行動を始める。このキャサリンとアマンダを中心として、多数の女性の視点から、感染症の流行そしてそれによる社会の変貌が描かれていくのだけれど、私自身がちょっと精神的に落ち気味な時期に読み始めたこともあり、最初のキャサリンとアマンダの話を読んで、そのあとに来るであろう悲劇を想像したらしんどくなってしまい、そこから数日本を開けなかった・・・そして再開したら案の定つらい流れで、何度も胸が締め付けられた・・・。

 

作者は本作が初めての作品となる弁護士出身の方だそうで、科学のことについてはあまり詳しくないのだろうなあ、と思わされる点は多々あり。例えば、新たな感染症が出たらまず最初にやることの一つは感染源の特定で、SARSのときもCOVID-19のときも、アウトブレイクが明らかになってすぐに媒介動物の特定・ウイルスの特定が進められたはずなのだけれど、本書では感染源の特定に尽力するのはアマンダだけ。科学者の大半を占める男性がばたばた倒れていくため、誰もそこに手をつけられなかった、という設定なのかもしれないけど、でも保健所やその分野の大学研究者で女性が全くいないということは考えられないし、現に本書でワクチンを開発するのは女性になっているし・・・。まあ物語におけるアマンダの役割をより重要にしたかったということなのかも。またワクチン開発のエピソードとして、病原体ウイルスについてではなく女性と男性の遺伝子の違いについての議論が出てくるのも科学的にはおかしい。男女ともに感染するけど男性だけが発症する感染症の場合、男女の違いは発症メカニズムに関連してくることで、ワクチン開発ではなく治療薬の開発のときに議論されることでは・・・。

 

とは言えそれは私が科学者だから気になってしまっただけであって、この小説の主眼はサイエンスではなく人間ドラマなのだよね。そして、愛する人をなくした悲しみとそれを乗り越えて進んでいく描写には何度もうるうる来てしまった。

 

それからこの小説の視点の多様性は素晴らしいなと思った。上にも書いたように、本作は多数の女性の視点から話が進んでいくのだけれど、アマンダやキャサリンのように愛する人をなくして悲しみにくれる話ばかりではなく、感染症の只中で最愛のパートナーを見つけて幸せになる女性のエピソード、ワクチンを開発して大成功する科学者のエピソード、夫からのDVに苦しむ女性のエピソード、それからLGBTQの視点までちゃんと書かれている。人口が激減したあとに政府主導で行われるバースコントロールの話やマッチングアプリの話もすごく説得力があった。

 

物語の終盤、パンデミック後に少年が書いた手紙の文章にははっとさせられた。男性が著しく減ってしまった世の中における女性の優位性、男性の不利性について言及されているんだけれど、それって男女逆にしたら現代社会の構図そのままなんだよな。そして現代社会は男女半々なのにもかかわらず、女性がすごく不利な立場におかれているんだよな・・・。

 

読後感もとても清々しくてよかったのだけれど、最後の菅浩江氏による解説がなんだかな・・・って感じでした。「暴論を吐けば、タイトルから予想してしまうようなジェンダーものでもない」って、はああ??ヘーイ、ユーは一体何を言っているんだい?上に書いた少年の手紙なんか、現代社会のジェンダー問題そのものずばりを提起しているじゃないか・・・。しかもその後に続く「この作品に対する感想によって、読者それぞれの人生の幸福度が計れてしまうと思うのだけれど」って、なんじゃその読者を挑発するような言い方は・・・。ジェンダーものだと思って読んだ読者は世の中のジェンダー問題にとらわれていて幸福ではないとでも言いたいのか・・・(まあこれは私の解釈が過ぎるかも)。ジェンダーものだと思って敬遠してほしくない、SF好きの人に広く読んでもらいたいという出版社の意図なのかな。しかしSF好きかつジェンダー問題に興味のある私にとってはかなり不愉快な解説でした。