『男たちを知らない女』を読んだ

「男女ともに感染するが、発症するのは男性のみ。発症したら9割の確率で死ぬウイルス感染症」が流行し、男性がほぼいなくなってしまう社会を描く近未来SF小説

 

 

タイトルとカバータイトルの未来感から、パンデミック中の話はあってもわずか、ほぼ男性がいなくなった社会で女性たちがどのように人口と社会を構築しているのか?という未来のお話・・・と勝手に想像していたら、全然違った。

 

物語は、パンデミック前夜、ロンドン大学に務める人類学者のキャサリンから始まる。二人目不妊に悩んではいるものの、3歳になる息子シオドアと夫アンソニーとの幸せな一家の様子。そして章が変わってグラスゴーの病院の救急外来。担当医師のアマンダは、救急で訪れた男性が急激に症状を悪化させてなすすべもなく死んでいく様子を目の当たりにし、新しい感染症アウトブレイクであることを確信する。そしてジョシュとチャーリーの二人の息子を守るために即座に行動を始める。このキャサリンとアマンダを中心として、多数の女性の視点から、感染症の流行そしてそれによる社会の変貌が描かれていくのだけれど、私自身がちょっと精神的に落ち気味な時期に読み始めたこともあり、最初のキャサリンとアマンダの話を読んで、そのあとに来るであろう悲劇を想像したらしんどくなってしまい、そこから数日本を開けなかった・・・そして再開したら案の定つらい流れで、何度も胸が締め付けられた・・・。

 

作者は本作が初めての作品となる弁護士出身の方だそうで、科学のことについてはあまり詳しくないのだろうなあ、と思わされる点は多々あり。例えば、新たな感染症が出たらまず最初にやることの一つは感染源の特定で、SARSのときもCOVID-19のときも、アウトブレイクが明らかになってすぐに媒介動物の特定・ウイルスの特定が進められたはずなのだけれど、本書では感染源の特定に尽力するのはアマンダだけ。科学者の大半を占める男性がばたばた倒れていくため、誰もそこに手をつけられなかった、という設定なのかもしれないけど、でも保健所やその分野の大学研究者で女性が全くいないということは考えられないし、現に本書でワクチンを開発するのは女性になっているし・・・。まあ物語におけるアマンダの役割をより重要にしたかったということなのかも。またワクチン開発のエピソードとして、病原体ウイルスについてではなく女性と男性の遺伝子の違いについての議論が出てくるのも科学的にはおかしい。男女ともに感染するけど男性だけが発症する感染症の場合、男女の違いは発症メカニズムに関連してくることで、ワクチン開発ではなく治療薬の開発のときに議論されることでは・・・。

 

とは言えそれは私が科学者だから気になってしまっただけであって、この小説の主眼はサイエンスではなく人間ドラマなのだよね。そして、愛する人をなくした悲しみとそれを乗り越えて進んでいく描写には何度もうるうる来てしまった。

 

それからこの小説の視点の多様性は素晴らしいなと思った。上にも書いたように、本作は多数の女性の視点から話が進んでいくのだけれど、アマンダやキャサリンのように愛する人をなくして悲しみにくれる話ばかりではなく、感染症の只中で最愛のパートナーを見つけて幸せになる女性のエピソード、ワクチンを開発して大成功する科学者のエピソード、夫からのDVに苦しむ女性のエピソード、それからLGBTQの視点までちゃんと書かれている。人口が激減したあとに政府主導で行われるバースコントロールの話やマッチングアプリの話もすごく説得力があった。

 

物語の終盤、パンデミック後に少年が書いた手紙の文章にははっとさせられた。男性が著しく減ってしまった世の中における女性の優位性、男性の不利性について言及されているんだけれど、それって男女逆にしたら現代社会の構図そのままなんだよな。そして現代社会は男女半々なのにもかかわらず、女性がすごく不利な立場におかれているんだよな・・・。

 

読後感もとても清々しくてよかったのだけれど、最後の菅浩江氏による解説がなんだかな・・・って感じでした。「暴論を吐けば、タイトルから予想してしまうようなジェンダーものでもない」って、はああ??ヘーイ、ユーは一体何を言っているんだい?上に書いた少年の手紙なんか、現代社会のジェンダー問題そのものずばりを提起しているじゃないか・・・。しかもその後に続く「この作品に対する感想によって、読者それぞれの人生の幸福度が計れてしまうと思うのだけれど」って、なんじゃその読者を挑発するような言い方は・・・。ジェンダーものだと思って読んだ読者は世の中のジェンダー問題にとらわれていて幸福ではないとでも言いたいのか・・・(まあこれは私の解釈が過ぎるかも)。ジェンダーものだと思って敬遠してほしくない、SF好きの人に広く読んでもらいたいという出版社の意図なのかな。しかしSF好きかつジェンダー問題に興味のある私にとってはかなり不愉快な解説でした。