『どうすれば「人」を創れるか』を読んだ

9月の学会シーズンが終わった。今年は2週連続で2つの違う学会に参加したので、体力のない私は随分と疲れた。しかし何はともあれ終わったので、そろそろ9月に読んだ本の感想を書いておかねば。というわけでまずはこれ。

 

どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私

どうすれば「人」を創れるか―アンドロイドになった私

 

 

近所の図書館で見かけたのを借りてみたのだが、もう7年も前の本なのね。私が借りたのは単行本だけれど、今は文庫版が出ているらしい。

 

 

私が石黒先生のことを初めて知ったのは、石黒先生と石黒先生が作られた自分そっくりのロボット、ジェミノイドHIが2014年にScience誌の表紙を飾ったときのことだった。

 

About the Cover — October 10, 2014, 346 (6206) | Science

 

残念ながらこのサイトは埋め込み式にリンクを貼ることができないようなのだけれど、いやこのカバーの衝撃は大きかった。だって、そっくりの容貌をした二人の男性 ーしかも眉間にしわが寄った不機嫌そうな顔をした強面で、うっすら色のついた眼鏡をかけていて黒づくめの服を着た強烈な容姿の男性ー が並んで写真に写ってるんですよ・・・。なにこれ、ってなるよね。

 

私が石黒先生とその研究のことを知ったのはそういうわけで2014年だったのだが、この本(2011年出版)によるとジェミノイドHI-1を使ってフィールド実験を行ったのが2009年とのことだから、Scienceのカバーを飾る5年以上前にこのジェミノイドはすでに誕生していたということになる。サイエンスの片隅に身を置きつつも相変わらずサイエンスの最前線に疎いことよ・・・。

 

で、本書だが、石黒先生がジェミノイド開発に携わることになった経緯、石黒先生そっくりのジェミノイドHIと、女性をモデルとし、HIよりも表情のバラエティをつけることに重点が置かれたジェミノイドFの開発経緯、そしてそれらジェミノイドを用いて行われた数々の実験から得られた、人の感覚、自己認識とはどのようなものかについての石黒先生の考察が主体となっている。ちなみに、この本では「ロボット」「アンドロイド」などの語彙が出てくるが、それぞれの定義は以下の通りであるらしい。

 

センサで知覚し、コンピュータで判断し、モータなどのアクチュエータで動作するもの全てをロボットと呼ぶ。その意味では、エアコンや携帯電話も一種のロボットと見なしてよい。そのロボットの中で、頭や手足を持ち、明らかに人間ではないが、人間のような身体を持つものをヒューマノイド(人間型ロボット)と呼ぶ。そのヒューマノイドの中で、人間そっくりの見かけを持つものをアンドロイド(人間酷似型ロボット)と呼ぶ。ジェミノイドはこのアンドロイドの一種である。(p28-29)

 

関係ないけどこの「センサ」とか「コンピュータ」とか、最後伸ばす音を記述しない書き方、森博嗣っぽいよね。工学系の人はそうなのかな?

 

本のことに戻ると、石黒先生のこの研究が面白いのは、一見「ロボットを作る」という工学研究なのだが、「人の感覚、自己認識とはどのようなものかについての石黒先生の考察」と上にも書いた通り、実際にジェミノイドを作る過程、そしてジェミノイドを使って石黒先生が行われた研究は、認知科学脳科学、哲学と深く結びついているのだ。私が特に興味を惹かれたのが、モデルとなった女性が完成したジェミノイドFを見たときの話。ジェミノイドFは、骨格から顔貌から、正確にモデルを再現して作られているはずなのだが、完成したジェミノイドFを見たモデルの方は、「自分よりもきれいで透明感がある」と感じたというのだ。「透明感」の原因として、シリコンの皮膚が人間の皮膚よりもきれいで小じわがないことに加え、アンドロイドにはどこか「純粋無垢さ」を感じさせるところがある、というのが石黒先生の考察だ。

 

これを読んで思い出したのが、人間の顔について私自身が以前から考えていたこと。私、常日頃から、若い人の顔ってつるんとしていてあんまり強い個性がないよなあ、一方歳を取ってくるとだんだんその人の個性が強く出て来るなあ、と思っていて、歳を取ってくると若いアイドルグループが個体識別できなくなってくるのはこのせいじゃないかと考えているのだが、じゃあ若い人と歳を取ってきた人の違いはどこにあるのかというとやっぱり見た目なわけで、歳を取ってくるといろんな苦労もするわけだし、そういう苦労やらストレスやらが顔のしわなどにも反映され、またその人の噛み癖や姿勢の癖なども加わって外見の変化を生み出しているんじゃないか、そしてその外見の変化がすなわち個性なんじゃないかと考えていたのだ。

 

一方で、このジェミノイドFは、小じわまでは再現されていないとしても、それ以外は全てモデルさんとそっくりになるように作られているわけで、そうだとすると個性や透明感の喪失は外見以外のところ、例えば表情から感じ取られるものなのだろうか?あるいは小じわとか皮膚の凹凸とか、そういう微妙な見た目が結構効いてくるのかな・・・。まあ恐らく、そういうもの全てが総合的に「個性」を作っている、というのが答えなのだろうな。

 

それからどこに書かれていたか忘れてしまったのだが、ジェミノイドを遠隔操作する際に、多数の人が会話をしていてバックグラウンドノイズが高いような場所にジェミノイドが置かれていると、ジェミノイドからちょっと離れたところにいる人の会話を聞き取ることが難しい、というような記述があって、それもとても興味深かった。もう亡くなった私の父方の祖母はかなり早くから耳が遠くなったのだが、補聴器を買ってもそれをつけることを嫌がった。通常人間は聞きたい音にだけ集中する、聞きたくないときはノイズをシャットアウトするということができるのだが、補聴器をつけるとそれができなくなって、全ての音が耳に入ってきてとてもうるさいのだそうだ。祖母の場合は、歳を取ってくるにつれて脳の機能も衰えていって、それが「聞きたい音だけに集中する」ことを妨げている、という考え方もできるが、このジェミノイドの実験例と合わせて考えると、やはり脳だけでなく耳本来の機能も作用していると考えざるを得ない。そういうことって耳の研究である程度わかっていたりするのかな・・・?

 

そんな感じでいろんなことを考えさせられる、非常に面白い本だったのだが、やはりこの研究、この本の面白さの大きな部分が石黒先生のキャラクターに依っていますよね・・・。その強烈なキャラクターが強く感じられるのが、最後のほうで触れられるエピソード。ジェミノイド制作後しばらくして石黒先生自身が歳を取ってきて、ジェミノイドとの間に見た目のギャップができてきたそうなのだが、ジェミノイドを作り直すよりも自分が変わったほうがコスト的に安く済むとの考えから、ジェミノイドの見た目に自分をあわせるべくダイエットに励み、美容整形でシミを取ったりヒアルロン酸注射をして顔のたるみを取ったりなさったそうなのだ。このエピソードが至極真面目に書いてあるのだが、いやかなり笑いました。そこまでするか、って思うよね。素敵。尊敬します。