『アヘン王国潜入記』を読んだ

辺境作家、高野秀行さんの出世作、になるのかな?以前購入して積んであった本。

 

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

 

 

ソマリランドに関する本を読んで以来、高野さんの最新作・過去作を気が向くままに読み進めていて、対談を含めるとこの『アヘン王国潜入記』で10冊くらいになるのかなあ。高野さんの本って、情報量がとても多くて密度が濃いので、私にとっては読みはじめるのにも少し気合が必要で、実際に読み出したら面白くて止まらないのだけれど、読み終わるととても満足お腹いっぱい、というか、本に書かれていることで自分が吸収したいことの一割も消化できていないような気分になるんですよね。だから、一冊読んだらすぐ次の本、と、どんどん読むことができなくて、次の本を読む、あるいは同じ本を読み返すまでに、いつも少し間が空いてしまう。

 

というわけで、しばらく前に買ってあったこの『アヘン王国潜入記』も「読もう」という気分になるまで少々時間がかかった。最近発売された『世界の辺境とハードボイルド室町時代』の文庫版を読みなおして、私の中で何度目かの高野ブームが訪れ、それでようやく手にとったという次第。

 

この本、単行本として発売されたのは1998年だから、もう20年も前なんだなあ。高野さんが、1995年にミャンマー北部の独立自治区である「ワ州」に単独潜入、村人とともにアヘンを栽培しつつ7ヶ月間滞在した際の記録を収めた本。私は国際情勢にまったく詳しくないので、「ミャンマー」というと、「北部の少数民族のことでもめている」「ずっと軍事政権だったけれど、今はアウン・サン・スー・チーさんの指導の元で一応は民主化されている」くらいのことしか知らなかったのだけれど、今ウィキペディアを見たら、しばらく前に問題になっていたロヒンギャの話はミャンマーだったのね(それすらも知らなかった)。

 

ja.wikipedia.org

 

ワ州は、このウィキペディアの地図で「Shan」と書かれているシャン州の北東部分を占めている。「ワ」という少数民族からなる地区で、国の政府からは「州」としては認められておらず、シャン州内のサブステートという扱いであるそうだ。また、この本が書かれた当時は、ワ州はワ州連合軍が支配しており、ミャンマー政府の権限がまったく及んでいない場所だったという。反政府ゲリラの支配下にあること、アヘン栽培のメッカであることから、このワ州を含む「ゴールデン・トライアングル」は政治的秘境とされており、外部の人間の立ち入りも、1995年当時ですらほとんどなかったそうだ。

 

で、そんな風に周りから孤立している村だから、もちろん、電気やテレビ、上下水道といった私たちが慣れ親しんでいる「文明」からはかけ離れている。お風呂すらない村で7ヶ月も生活って、まあ普通の人には無理ですよね・・・。でも好奇心のほうが勝ってしまうのが、高野さんなんだなあ。ただ高野さんと言えどもそんな村で過ごしてもちろん無傷でいられるわけがなく、本書中でも、マラリアにかかったりシラミに襲われて夜も眠れないほどの体全体のかゆみに襲われたり、まんまとアヘンにはまって中毒になったりしている。現在元気で活躍なさっていることを知っていても、やっぱり読んでいてとてもはらはらしてしまうのだけれど、まあでも高野さん本人は読み手を引っ張るいいエピソードができた、くらいに思っていそうな気がするなあ。

 

他国から孤立していて、独自の生活様式、宗教を持つ村での生活は、それ自体多くの発見に満ちているのだけれど、その発見をもとにした政治や歴史、宗教についての高野さんの考察が、またとても面白い。私が一番驚いたのが、学校を開いて村の子供たちを教育するエピソード。少し前に、子供の成績の良さは親の経済力に比例する、という身も蓋もない研究成果が発表されて話題になっていたけれど、この本で高野さんは独自にその答えにたどり着いているんですよね。高野さんが滞在していた村では、子供も家の仕事を手伝わねばならないので、学校の宿題や予習復習をするのはどうしても夜になってしまうのだけれど、照明用の油を夜間余分に使用できるのは、経済力がある家の子供だけだ、というわけ。観察眼の鋭さ、その観察に基づいて思考できる力、さまざまな分野をまたぐ知識量と、その膨大な量の情報をここまでわかりやすく親しみやすい文章でまとめることができる構成力、語彙力。それに加えて、辺境の村に溶け込み、最後の出発のときには村民がみな別れを惜しんでくれる人間的魅力・・・改めて、すごい人だなあ、と嘆息しきりだった。

 

ところで冒頭に書いた『世界の辺境とハードボイルド室町時代』の文庫版がこちら。

 

世界の辺境とハードボイルド室町時代 (集英社文庫)

世界の辺境とハードボイルド室町時代 (集英社文庫)

 

 

この本、単行本は図書館で借りて読んだのだけれど、これは自分で買って何度も読み直すべき本だな・・・と思いながらぐだぐだ過ごしていたら文庫本が出た。しかも文庫本おまけの対談つき。早速買って読み返したのだが、私の記憶力が著しく低いこともあり、改めて新鮮に楽しめましたね・・・。いや、「楽しむ」という言葉では軽すぎるくらいで、読んでいると脳内でなにかやばいものが出ている感じの興奮を味わうことができる本。上にも書いた通り高野さんの本はとても情報量が多いのだけれど、この対談は高野さんに加えてさらに清水さんが加わって、もうとんでもない密度の濃さになっていて、面白くてたまらないんだけど途中で読むのを止めて休まないとぐったり疲れてしまうのだ。またそのうち読み直さないと・・・。